式根島マガジンが展開しているアパレルライン「SHIKINEJIMA TRIBUTE」の「ANGLERS’ EDITION」は、式根島で実際に釣り師がキャッチしたターゲットフィッシュとグラフィカルなタイポグラフィーを組み合わせた伝統的なフィッシングTシャツであり、式根島に海に暮らす生物の図鑑Tシャツでもあり、式根島の美しくも味わい深い風景を丁寧に切り取った「SCENIC EDITION」とともに、式根島を起点としたご当地Tシャツでもあります。

この記事では、誰もが着たことがあり、1枚くらいは所有しているであろう「Tシャツ」の奥深さをたどりながら、式根島トリビュートが果たしたい役割について解説しています。サブカルチャー&ファッション史として、また雑学として懐かしく楽しめる内容になっていますので、ぜひご一読ください。

Tシャツの定義

「Tシャツ(T-shirt)」の名称は、平置きした際に胴体と両袖がアルファベットの「T」の字を描く形状に由来します。国際的な品目分類(HSコード等)においても、極めてシンプルな構造として定義されています。

  1. 綿製又は人造繊維製であること
  2. メリヤス編み又はクロセ編みであること
  3. 編目の数が縦、横それぞれ1cm につき 10 以上であること
  4. 襟を有しないこと
  5. ネックラインが開いておらず、ぴったりしているか又は低いネックライン(ラウンドネック、スクェアネック、ボートネック又はVネック)であること
  6. ぴったりとした、長袖又は短袖を有すること
  7. ボタンその他の締め具を有しないこと
  8. 裾に締めひも、ゴム編みのウエストバンドその他の絞る部分を有しない(通常、縁どりがしてある。)こと
  9. 裏地及び詰め物を有しないこと

※実際の流通シーンでは、リブ袖やドローコードの裾絞りデザインなども「Tシャツ」と呼ばれることが一般的です。

Tシャツは軽快で着心地が良く、洗濯機で洗え、アイロンがけの必要がありません。近年では吸汗速乾やUVカットなどの機能性素材も普及し、実用的な大衆衣料の頂点に位置しています。

Tシャツの歴史

Tシャツが現在のように「1枚で街を歩ける気楽なアウターウェア」として定着するまでには、アメリカを舞台に「軍用」から「メッセージを伝えるメディア」へ変化する、100年にわたるダイナミックな歴史がありました。

1910〜1940年代「下着として誕生」

Tシャツの起源には諸説ありますが、現在の形が広く普及する転機の一つとなったのが、1910年代にアメリカ海軍が快適性を上げるため、ヨーロッパ軍をまねてウールの軍服の下に着る白い綿製アンダーシャツを採用したことと言われています。1930年代にはヘインズ社などが一般向けに販売を開始しましたが、この時点ではあくまで「下着」という位置づけでした。

1950年代「ハリウッドスターによって下着からアウターへ」

Tシャツを下着から、それだけで着こなせる「アウター」に変えたのは、1950年代のハリウッド映画でした。「欲望という名の電車」(1951年)でマーロン・ブランドが着用した白いTシャツ、そして「理由なき反抗」(1955年)でジェームズ・ディーンが披露したデニムと白Tシャツの組み合わせは、当時の若者たちに大きな衝撃を与えました。Tシャツは反逆と自由のアイコンとしてアウターウェアへと生まれ変わったのです。

1960年代「メディアに昇華したTシャツ」

1960年代以降、プリント技術の進化や染料の改良によって、真っ白だったTシャツは急速にキャンバスとなり、「メッセージを伝えるメディア」の役割を強めていきました。

自分の政治的な信条や、好きな音楽、あるいは所属するコミュニティを胸にプリントし、歩く広告塔として主張を発信するカルチャーが定着していきます。この流れの中で、Tシャツはいくつかの特徴的なジャンルへと分かれていきました。

  • スローガン・政治Tシャツ: 選挙のPRや反戦メッセージなどを掲げた、自己主張のためのツールです。
  • ミュージック(ツアー)Tシャツ: ロックバンドのグラフィックやツアー日程を刻み、ファン同士の連帯感を表すためのツールです。
  • ネイチャー(環境・生物)Tシャツ: 野生生物の保護活動や、自然の美しさをリアルに描いた、知的なアプローチのツールです。
  • コーポレート(企業)Tシャツ: 飲料メーカーや航空会社などのロゴをあしらい、ポップなデザインとして親しまれたツールです。
  • カレッジ(学校)Tシャツ: カレッジTシャツは、Championなどのブランドが大学運動部向けのアスレチックウェアを経て、やがて大学のブックストアでも学生向けのスクールグッズとして販売されるようになりました。大学名やロゴ、マスコット、チーム名をプリントした帰属意識や母校への誇りを示すツールです。

日本におけるTシャツの普及と流行

日本におけるTシャツ文化は、アメリカ軍による戦後の占領期に始まりました。当初こそ肌着や運動着としての浸透でしたが、駐留兵の着こなしやハリウッド映画などアメリカのTシャツカルチャーに強く影響されることになったのです。

1950〜1960年代:アウター化と花開くさまざまなファッションスタイル

当初は肌着や運動着としての認識でしたが、駐留兵の着こなしやハリウッド映画の上映にともなって、様々なアメリカカルチャーと一緒に若者に浸透していきました。1950年代には、久米繊維工業が「色丸首」と名づけた12色の国内初アウター用Tシャツを開発しました。

1960年代はメンズファッションが従来の「スーツスタイル」から、若者が牽引したストリートカルチャーやサブカルチャーに影響をうけたカジュアルファッションに多様化した激動の時代です。「アイビー」「モッズ」「ヒッピー」「ヘビーデューティー」といったファッションが流行しました。

特にヒッピー文化ではTシャツは堅苦しい既存の価値観を拒絶し、反戦を掲げるカウンターカルチャーの象徴になりました。スピリチュアルや自然回帰、サイケデリックを示すタイダイ柄のTシャツは一大ブームとなりました。

タイダイ柄

1970年代:西海岸ブーム

1970年代、日本のファッションは高度成長期の好景気に後押しされて一気に花開きます。世界で活躍する日本人デザイナーが数多く登場し、コレクションを発表。なかでも人気を集めたのが大きなロゴを中央にプリントした「ロゴTシャツ」です。さらに、ベトナム戦争後のアメリカで広がったジョギングやテニス、スケートボード、サーフィンといったレジャー・スポーツ文化が日本にも波及し、「西海岸カルチャーブーム」が到来。サーフ系ブランドのロゴを刷ったTシャツやトレーナーが、大流行しました。

このブームにはテレビや雑誌などのマスメディアが大きく影響し、以降、メディアが主導するファッションブームが定着しました。

1980年代~現代

1980年代にはDCブランドや渋カジスタイルが流行しました。特に平成の渋カジスタイルの若者たちが夢中になったのが、バナナ・リパブリック(Banana Republic Travel & Safari Clothing Company)のアニマルグラフィックTシャツでした。さらに90年代にかけては、古着ブームやアメカジが流行し、アメリカ製のカレッジTシャツ、企業Tシャツ、バンドTシャツ、アウトドアTシャツなどがファッションとして評価されるようになりました。

現代は街でもアウトドアでも多くの人がTシャツを着こなしています。ハイブランドTシャツも普遍化し、現在にいたっています。

フィッシングTシャツとは

続いて魚やフィッシングシーンをモチーフにしたフィッシングTシャツの歴史を見てみましょう。

フィッシングアパレルの代表格といえば、アメリカのオレゴン州ポートランドで創業したコロンビア(Columbia)社です。同社の初のオリジナル製品は、1960年に創業者の娘が釣りが好きな夫のために作ったポケットがたくさんついた「マルチポケットフィッシングベスト」でした。以来、釣りを祖にしたメーカーとして現代にいたるまで、フィッシングライン「PFG(Performance Fishing Gear)」を提案し、数多くのアパレルを展開し続けています。

環境保護を強く訴えるパタゴニア(Patagonia)社は、ブランドのアイコンとして「フライング・フィッシュ(トビウオ)」やサーモン(鮭)といった魚をモチーフにした美しいグラフィックTシャツを数多く世に送り出しました。L.L.Bean(エルエルビーン)社は、地域の自然保護団体とタッグを組み、躍動感に満ちたトラウト(鱒)を描き、多くのアウトドアファンを魅了しました。

さらに、アメリカントラッドの代名詞であるポロ ラルフローレン(Polo Ralph Lauren)もまた、魚をモチーフにした優れたアパレルを数多く手がけています。特に1990年代に登場した「POLO SPORT」ラインやチャップス(CHAPS)ラインでは、クラシックなルアーやブラックバスやトラウトなどのターゲットフィッシュと「CATCH AND RELEASE」のタイポグラフィーを添えたグラフィックを積極的に展開しました。

これらのフィッシングをモチーフにしたアイテムは、その独自のアートワーク、経年変化の味わいから、ヴィンテージ市場において高値で取引されるコレクターズアイテムとなっています。

現代。こうしたフィッシングアパレルは街着へと大きく越境し、Tシャツやシャツ、ベストを都会的なストリートファッションにミックスする「アングラーコア」と呼ばれる日常着として定着しました。

博物画・図鑑Tシャツとは

生き物のリアルなイラストに、ラテン語の「学名」や各言語で「名前」を添えた博物画・図鑑デザインは、「知の美学」を体現したジャンルです。

そのデザインの源流は、19世紀の博物学(Natural History)の黄金期にあります。 写真だけでは色彩や細部を記録しきれなかった時代、鳥類研究家ジョン・ジェームズ・オーデュボンの「アメリカの鳥類」や生物学者エルンスト・ヘッケルの「生物の驚異的な形」に見られるように、「対象の生体構造を科学的に正しく記録する」という使命をもって多くの博物画が描かれました。デフォルメを排した機能的な正確さそのものがアートであり、大人の知的好奇心を大いに刺激してくれます。

日本にも、古くから精緻な生物の図譜が数多く残されています。江戸時代末期にドイツ人医師シーボルトがオランダで刊行し、日本の生き物を世界に紹介した「日本動物誌(Fauna Japonica)」は、その代表格です。長崎の絵師が描いた魚や鳥の図版は、西洋の博物画の技法と日本の観察眼が出会った、貴重な記録として知られています。また、伊藤若冲や毛利梅園といった絵師・本草学者たちも、動植物を細やかに写し取った作品を数多く遺しました。こうした「生物を描く」営みは、洋の東西を問わず受け継がれてきました。

編集部注:科学史・和算史専門の佐藤賢一教授によると、江戸時代の図譜の魚名は「当時使われていた方言」が含まれており、現代の和名と必ずしも一致しないとのことです。

こうしたルーツをもつ生物画や植物画は、海外の国立公園や自然保護団体、水族館、博物館などによって、生物の魅力や自然の豊かさを伝える教育的な図鑑Tシャツへと展開され、次第に日常的なアパレルへ溶け込んでいきました。ボタニカル・アートもまた、テキスタイルに広く用いられてきた代表的な意匠です。

日本でも昭和の時代から、国立公園のライチョウ、水族館の魚や海洋生物、博物館の恐竜、動物園の動物などを描いたTシャツは、土産物の定番でした。ノスタルジックな思い出がある方もいらっしゃるかと思います。

ご当地・スーベニアTシャツとは

日本各地で買えるご当地系のスーベニア(=記念品・土産物)Tシャツは、従来の「訪問の記念品」から、地域と来訪者を情緒的につなぐ「関係ツール」に進化しています。

スーベニアTシャツの定番モチーフは、その土地を象徴する自然景観(山岳、渓谷、海岸、湖、島影など)や、歴史的建造物・文化行事・ランドマーク、固有の生態系などが挙げられます。近年では、ご当地キャラクターや地域を舞台にしたゲームやアニメなどのコンテンツタイアップも定着しています。

漢字や筆文字のタイポグラフィで「和」を打ち出すデザインも根強く、温泉地や酒蔵・醤油蔵などの醸造元、山小屋、寺社仏閣、地域の祭りや伝統文化を題材にしたアイテムでよく用いられています。

ご当地系のスーベニアTシャツは、その土地の風土や文化、生態系といった地域固有の要素を日常着に落とし込んだメディアです。旅先で購入した1枚を日常で着用することを通じて、その土地の話題が生まれ、愛着が深まり、再訪(リピート)や継続的な関わり(関係人口化)につながる契機にもなっています。

SHIKINEJIMA TRIBUTEの役割

式根島マガジンが展開するアパレルライン「SHIKINEJIMA TRIBUTE」。そのフラッグシップである「ANGLERS’ EDITION」は、これまで辿ってきた「フィッシングTシャツ」「博物画・図鑑Tシャツ」「ご当地系のスーベニアTシャツ」という3つの定番を内包しながらヴィンテージTシャツの趣を重ねたデザインです。

式根島はもともと漁業を基盤とし、今も島民は深く海と関わって暮らしています。そんな式根島に交通手段が未発達だった昭和初期から、過酷な航路を越えて一年中通い詰めていたのは、黒潮に息づく大物ターゲットに魅せられた釣り師たちでした。

『レジャー白書』によると、日本の釣り人口は1996年の約2,040万人をピークに、2024年には約540万人まで減少しています。こうしたなか、東海汽船や自治体も釣り大会を開催するなど、伊豆諸島と本土を結んできた釣り文化の灯を守る取り組みを行っています。そして、漁業もまた、担い手不足という深刻な課題を抱えています。

その一方、近年の式根島では、憧れのターゲットフィッシュを求めて国内外から訪れるアングラーの姿が目立つようになりました。SNSを通じて釣果や釣り場の情報が広く共有される時代、式根島は、離島の釣りの醍醐味を体験できる「行く価値のある島」として再評価されつつあるといえるでしょう。

式根島マガジンはサイト開設当初より、アングラーと島の接点を広げ、未来のアングラーを育み、安全やマナーを守りながら楽しむ離島の釣りの魅力を発信してきました。「式根島で釣れる魚図鑑」「式根島の釣り場情報」、釣果記録「釣ったど!獲ったど」、初来島者向けの「めざせ!釣り名人」磯の生物紹介を含む「式根島に暮らす生物図鑑(飯島教授)」、島民の暮らしや港湾作業との調和を図るルール・マナーの多言語啓発コンテンツは、その表れです。SHIKINEJIMA TRIBUTEのアパレルラインもまた、この延長線上にあります。この取り組みで、式根島をホームとする釣り師や、アルバイト・移住といった形で島にかかわる人が一人でも増えることを期待しています。

お客さんの釣果が頼み!式根島魚図鑑「珍しい魚が釣れたら写真をt撮って教えてね」
式根島 釣り場情報
式根島釣果記録「釣ったど!獲ったど!」
式根島をこよなく愛する飯島明子教授の式根島に暮らす生物図鑑

アパレルライン「SHIKINEJIMA TRIBUTE」の「ANGLERS’ EDITION」に描かれているのは、「ヒレナガカンパチ」「尾長メジナ」「タマン」「フエダイ」「イシガキダイ」「ウツボ」「タカベ」「アオムロ」など、一般の鮮魚店やスーパーマーケットではあまり見かけない、式根島のフィッシングシーンに登場する魚たちです。観光客にとっては式根島の豊かな生態系を知るきっかけとなり、アングラー同士にとっては、言葉を越えて狙う魚や式根島での釣り体験を共有するコミュニケーションツールとなります。

SHIKINEJIMA TRIBUTEは、釣り人だけでなく、スピアフィッシャーやダイバー、そして式根島を特別な場所とするすべての人に向けて、普段の生活に溶け込む日常着を提案しています。今後はさらに、式根島の風土や文化、自然、生き物の生態に踏み込んだデザインを展開し、来島の記念に加え、島外で暮らす出身者が故郷を想うツール、島民が島外へ出かける際に身に着けるツール、移住者や赴任者が島のアイデンティティをまとうツールとして、人と島を多角的につなぐ役割を果たすことをめざします。