式根島の桟橋の初夏の風物詩が「ムツっ子釣り」。島の子どもだけでなく、大人たちまで暇を見つけてムツ子釣りに興じています。ムツっ子とは、ムツやクロムツの幼魚で、その美味しさから各地でムツ子、ムツゴ、ムツっ子などの愛称で呼ばれています。そんな式根島のムツっ子釣りの様子をのぞいてみましょう。

ムツ?クロムツ?

美味な魚で知られる「ムツ」。ムツ科には「ムツ」と「クロムツ」の2種が存在します。これらは外見上の違い(側線上方鱗数や体色など)が軽微なため、長年混同されてきました。

クロムツ

東京都産業労働局(参考資料)によると、伊豆諸島海域では両種が漁獲されますが、ムツが東シナ海の大陸棚縁辺部で産卵するのに対し、クロムツは式根島周辺を含む伊豆諸島海域を主要な産卵場としています。 いずれも幼魚期は穏やかな沿岸の浅場で過ごし、成長とともに深海へと移動する深海性の魚ですが、この生活史から、初夏に式根島の桟橋に群れる「ムツっ子」の多くは、この海域で生まれたクロムツの幼魚の可能性が高いのではと推測できそうです。ムツの名前の由来は脂がのってるさま「むつっこい」「むっちり」から転じていますが、同じように「ムツ」と名がつく高級魚「アカムツ(ノドグロ)」はホタルジャコ科に属する別種です。

ムツっ子

式根島とムツっ子釣り

さて、1987年に発刊された『式根島開島百年史』の「第五章 動植物(四月から夏の項)」には、当時の島民の暮らしが鮮やかに描写されています。ここに「ムツ子釣り」の記述が登場します。

四月から夏にかけては、山も海もにぎわい始める。桜の花が咲くと、チンチク(カンムリウミスズメ)の卵を取りにいった。子供たちの場所は神引(かんびき)である。おんな衆は、フキントウ(ツワブキ)やミズブキ(フキ)・ボウフウ(ハマボウフウ)取りをした。子供たちは畑回りをし、クワの実や木イチゴ(カジイチゴ)、サクランボをシャツや口びるを真っ赤に染めて、腹一杯食い歩いた。つづいて、カーグルミ(イヌビア)、山ではヤンモ(ヤマモモ)を食べ、磯ではセイマ(マルバシャリンバイ)の実をしゃぶったりした。海も大潮の時期でにぎわった。まず、サツマ芋の肥料にするモク採り(ホンダワラ)、テングサ・イギス(トサカノリ)・ヒジキ・フノリ採りで忙しい。

年寄や子供たちは、タビロッコ(竹かご)を腰につけ、イシムン取りを持って、イシムン(ヨメガカサ・ベッコウザラ)やコナゲイ(トコブシ)・シッタカ(クマノコガイ・テッポラ)・オットンボウ(マガキガイ)・テバタキ(コシダカサザエ)・波の子(エゾチグサ)・マガニ(ショウジンガニ)・エビッシャコ(イソスジエビ)など取ったものである。また、このころにはカッチャクリ漁が盛んで、タカビ(タカベ)を中心にカンパチ、ヒラマサ、イサキの上物のほかいろいろな魚があった。子供らのバケのムツ子釣りも楽しみであった。現代では、おばあさんたちのイカやタカベっ子、カシカメ、サバ子釣り、キビナゴすくいなどが流行っている。

1987年発刊/式根島開島百年史より引用

時代を経て姿を消した習俗もありますが、2026年現在、黒潮の接岸状況の変化も手伝ってか、式根島の桟橋にしばらく見なかった「ムツっ子」が帰ってきました。4月頃から、青く澄んだ桟橋の足元に群れる魚影を見つけては、「ムツっ子がきた!」と島民の間で喜びの声が上がりました。

島民たちのムツっ子釣り

こちらは、ある穏やかな平日の昼下がりの桟橋のムツっ子釣りの風景です。簡単そうに見えて難しい繊細な釣りです。式根の子供たちの釣りは、ムツっ子釣りから始まるといっても過言ではなく、みんなが子供のうちに経験済みです。ムツっ子釣りは見ていているだけでも楽しい釣りです。

ムツっ子釣りの仕掛け

ムツっ子釣りの道具は、リールを使わないシンプルな「延べ竿(のべざお)」が基本です。

仕掛けは、小さな針に擬似餌がついた「サビキ仕掛け」を使用します。活性が高い時は、撒き餌(コマセ)を撒かなくても、足元の群れに落とすだけで次々と食いついてきます。ガン玉(小さなオモリ)で沈下速度を調整しながら釣る「フカセ釣り」で狙う器用な島民もいます。自分に馴染んだスタイルで思い思いに楽しめるのが、ムツっ子釣りの魅力です。

ちなみに、百年史にも登場したサビキ仕掛けの「バケ」とは、魚の皮やビニールなどで作られた擬似餌のこと。昔は、自分で魚の皮をなめして、このムツっ子釣り用のバケを手作りしていました。これは島の漁師がバケ用に下処理したものです。

バケになる魚の皮

ムツっ子の美味しい食べ方は?

小さくても脂がのっているムツの子ども。島民に美味しい食べ方を尋ねると多くの方が「唐揚げ!」と答えます。「タカベの子の唐揚げより美味しい!」と断言する方も…!これもまた、釣らねば口に入らない島の味です。

10㎝~18㎝くらいのムツっ子

ムツっ子釣りは式根島の宮房釣具店で借りられるシンプルな竹竿と小さめの針のサビキ仕掛けでできます。この季節にいらっしゃったらトライしてみてはいかがでしょうか。

参考資料

東京都産業労働局/むつ類伊豆諸島周辺海域 評価対象種:ムツ類(伊豆諸島海域)PDF
豊海おさかなミュージアム 旬のお魚かわら版NO107「クロムツ」