
ヒライソガニ

日本全国の転石潮間帯でもっとも普通に見られる小型のカニ。四角の甲背面は滑らかで、著しく平たい。甲の色は個体差が激しく、一見して同じカニとは思えないくらいである。甲背面が平たいこと、鉗脚(はさみ)の指部の根本に毛がないこと、第3顎脚(口の一番外側)に斜めの関節があることで見分けられる
どこにでもいるカニのユニークな生態
甲背面が白で脚が濃褐色、全体が灰褐色、黒、写真の個体のように白黒のまだらなど、本当にさまざまな色・模様の個体がいます。特に甲幅3 mm程度の稚ガニの頃は、サンゴ藻のようなピンク色の個体までいます。こんなに綺麗な色で捕食者にすぐ見つかってしまうのでは?と思うのですが、実際には背景に溶け込んで意外に目立ちません。色や模様は脱皮ごとに少しずつ変化します。灰色の背景の水槽に入れて飼ってみたところ、最初は白黒はっきりした柄だったヒライソガニが、脱皮を繰り返すうちにだんだん曖昧な柄になり、最後にはぼんやりした灰褐色になりました。
ヒライソガニは魚の死骸などのほか、水中に懸濁している有機物やプランクトンも食べます。転石の下の隙間にいるヒライソガニを水中で観察すると、顎脚を規則的に振り回しているのを見ることができます。顎脚先端には長い毛の束があり、ヒライソガニはこの毛で水中の食物を濾し取って食べているのです。他のカニではあまり見られない注)、面白い行動です。
カニの雌はみな、幅の広い腹部の内側の腹肢に卵を産みつけ、孵化するまで抱えます。卵を抱えている雌(抱卵雌)のいる時期(抱卵期)は、ヒライソガニの場合、地域によって変化します。北海道の忍路湾では6月〜8月の3ヶ月、抱卵雌の比率(抱卵率)が最も高くなるピークは7月9)ですが、南房総の小湊海岸では抱卵期は3月〜9月(7ヶ月)、抱卵率のピークは6月と8月にあって、7月に一旦放卵率が低下します3)。南紀白浜での抱卵期は3月〜11月(9ヶ月)、九州の天草1〜10月(10ヶ月)で、それぞれ抱卵率のピークは春〜初夏と晩秋にあり、やはり盛夏には抱卵率が低下します2),10)。興味深いのは沖縄本島で、抱卵率のピークは11月と3〜4月ですが、抱卵期は夏冬が逆転して11月〜5月、6月〜10月は抱卵雌がいなくなるとのことです7)。
ただしヒライソガニの抱卵期に関する上記の研究は、1975年〜1990年にかけてのものです。猛暑の夏が連続している2020年代、各地のヒライソガニの生活史にも変化が起きているかもしれません。
注)殻を背負わないヤドカリの仲間のイソカニダマシも、同じように顎脚の毛で懸濁物を濾過して食べます。
DATA
| 和名 | ヒライソガニ |
| 学名 | Gaetice depressus (De Haan, 1835) |
| 分類 | 節足動物門 Arthropoda 軟甲綱 Malacostraca 十脚目 Decapoda モクズガニ科 Varunidae |
| 大きさ | 甲幅25 mm程度 |
| 好む場所 | 外洋に面した潮間帯の石の下 |
| 式根島で見られる場所 | 釜下海岸の転石潮間帯で採集 |
| 分布 | 北海道南部〜沖縄本島、伊豆諸島、小笠原諸島、韓国、中国南部 |




参考文献
1) DecaNet eds. (2026). DecaNet. Gaetice depressus (De Haan, 1833). Accessed through: World Register of Marine Species at: https://www.marinespecies.org/aphia.php?p=taxdetails&id=444753 on 2026-04-30
2) Fukui, Y. (1988) Comparative studies on the life history of the grapsid crabs (Crustacea, Brachyura) inhabiting intertidal cobble and boulder shores. Publ. Seto Mar. Biol. Labr., 33(4/6), pp.121-162.
3) 飯島明子、風呂田利夫(1990)外房・小湊の転石潮間帯におけるヒライソガニ Gaetice depressus (De Haan) の生活史(予報)。千葉大学理学部海洋生態系研究センター年報, 10, pp.25-28.
4) いおワールド鹿児島水族館 錦江湾情報BOX 「ヒライソガニ」https://jmapps.ne.jp/ioworld/det.html?data_id=480 (2026年5月28日閲覧)
5) 三宅貞祥(1983)『原色日本大型甲殻類図鑑 II』保育社
6) 西村和久(1996)「海中生物目録」 in 『新島村史 資料編I 別冊 動植物目録・自然関係資料』新島村
7) 野村洋(1975)ヒライソガニの個体群の動態。沖縄県生物教育研究会誌8, pp. 1-11.
8) 公益財団法人 水産無脊椎動物研究所 第21回「磯の生物勉強会」(伊豆大島)報告。https://www.rimi.or.jp/event/2015iso/ (2026年5月28日閲覧)
9) 高橋和寛、宮本建樹、水鳥純雄、伊藤雅一(1985)忍路湾の磯浜に生息するカニ類の生態。北水試報, 27, pp.71-89.
10) 高橋徹(1979)ヒライソガニ地域個体群における個体群構成の季節変化について。九州大学卒業論文。
11) Takeda, M., Komatsu, H. (2023) Update checklist of the crabs (Crustacea: Decapoda: Brachyura) from the sea around the Ogasawara Islands, Japan. Bull. Natl. Mus. Nat. Sci., Ser. A, 49(4), pp.161-178.
書いた人

こんにちは。神田外語大学で環境科学と生物学を教えている飯島明子です。学生のころ巻貝の調査で通った式根島に、また訪れるようになりました。島での私のあだ名は「シッタカの姉ちゃん」(磯にすむ小さな巻貝を島ではシッタカと呼びます)。式根島の生き物を紹介しています
