
ハシリイワガニ属の1種

小型のカニ。額(眼の間)は幅広く、平滑な四角の甲背面に斜めに走る条線が多数あり、鉗脚(はさみ)は平滑無毛、前節(根本近く)内縁に葉状突起があり、前縁に3〜4個の小歯(ぎざぎざ)がある。歩脚は平たく、前節の先端に小歯が1〜3個ある。眼後歯の後方、甲前側縁に歯はない。これらの特徴からハシリイワガニモドキMetopograpsus thukuhar (Owen, 1839) またはハシリイワガニMetopograpsus messor (Forskål, 1775)と思われるが、標本がないため詳細な同定はできていない
一期一会
式根島の磯では、ある生物がたくさん見られたかと思うと、数年後にはさっぱりいなくなって別の生物ばかりいる、という傾向があります。それは必ずしも地球温暖化のせいではなく、また2025年まで続いた黒潮大蛇行のせいでもなく、少なくとも30年ほど前からそのような状態でした。
強力な暖流である黒潮は、いつも同じルートを流れているわけではありません。何週間か伊豆諸島北部から離れたかと思うと、その後で何日も式根島や新島にぶつかるように流れることもあります。こういうときは新島との間に早瀬のような強い流れを見てとることができます。
その黒潮は、上流にあたる西日本から浮游幼生1)を運ぶフェリーのような役割を担っています。時速6 kmと考えても、紀伊半島あたりで生まれた幼生は式根島まで2、3日でたどり着けるはずです。ただし黒潮の流路が式根島から大きくはずれたら、「下船」できないまま太平洋の真ん中まで運ばれてしまうかもしれません。「ある年はある生物がどっと増え、しばらくすると全然いなくなる」という現象も、そう考えると納得できます。
2025年11月に私はこのカニを1匹だけ見つけました。釜下海岸の石という石をひっくり返せばまだいたのかもしれませんが、このときは他には発見できませんでした。標本は作らなかったので、正確な同定はできずじまいです。もう1度このカニに出会えるかどうか、それは誰にも分かりません。
1)カニやヤドカリやフジツボ、貝やゴカイやナマコなど、海の底を歩いたり固着する生物を総称してベントス(底生動物)といいます。ベントスの多くは子どものころ、親とまったく違う姿で、海を漂う浮游幼生として暮らします。カニの子どもは卵から孵るとゾエア幼生として泳ぎ出し、脱皮を繰り返してメガロパ幼生となり、最後に磯などに降りて親と同じ姿の稚ガニになります。
DATA
| 和名 | ハシリイワガニ属の1種 |
| 学名 | Metopograpsus sp. |
| 分類 | 節足動物門 Arthropoda 軟甲綱 Malacostraca 十脚目 Decapoda イワガニ科 Grapsidae |
| 大きさ | 採集した個体は甲幅約16 mm(未成熟雌) |
| 好む場所 | 岩礁潮間帯、転石潮間帯、サンゴ礁原の石の下、汽水域(以上ハシリイワガニモドキとハシリイワガニ共通)、マングローブ域の樹上、砂浜の石積み(以上ハシリイワガニモドキ) |
| 式根島で見られる場所 | 釜下海岸の転石潮間帯で採集 |
| 分布 | 西太平洋・南太平洋・紅海・インド洋。ハシリイワガニモドキは日本では相模湾以南、ハシリイワガニは奄美大島以南 |



参考文献
第八管区海上保安部海洋情報部「日本近海の海流」https://www1.kaiho.mlit.go.jp/KAN8/sv/teach/kaisyo/stream4.html(2026年5月24日閲覧)
DecaNet eds. (2026). DecaNet. Metopograpsus messor (Forskål, 1775). Accessed through: World Register of Marine Species at: https://www.marinespecies.org/aphia.php?p=taxdetails&id=207536 on 2026-05-23
DecaNet eds. (2026). DecaNet. Metopograpsus thukuhar (Owen, 1839). Accessed through: World Register of Marine Species at: https://www.marinespecies.org/aphia.php?p=taxdetails&id=207537 on 2026-05-23
伊藤寿茂(2020)駿河湾初記録となるハシリイワガニモドキ Metopograpsus thukuhar (Owen, 1839)(甲殻類:十脚目:イワガニ科)。神奈川自然誌資料, 41:17-20.
伊藤寿茂(2023)「相模湾のカニ展④ ハシリイワガニモドキ」in 相模川ふれあい科学館 飼育日誌。https://sagamigawa-fureai.com/diary/20230108-12733/(2026年5月23日閲覧)
三宅貞祥(1983)『原色日本大型甲殻類図鑑 II』保育社
OBIS (2026). Metopograpsus messor (Forskål, 1775). Ocean Biodiversity Information System. Intergovernmental Oceanographic Commission of UNESCO. https://obis.org/taxon/207536(2026年5月23日閲覧)
OBIS (2026). Metopograpsus thukuhar (Owen, 1839). Ocean Biodiversity Information System. Intergovernmental Oceanographic Commission of UNESCO. https://obis.org/taxon/207537(2026年5月23日閲覧)
神奈川県立生命の星地球博物館「ハシリイワガニ」酒井コレクション細密画 https://nh.kanagawa-museum.jp/sizen/n91/top_menu.cgi#
書いた人

こんにちは。神田外語大学で環境科学と生物学を教えている飯島明子です。学生のころ巻貝の調査で通った式根島に、また訪れるようになりました。島での私のあだ名は「シッタカの姉ちゃん」(磯にすむ小さな巻貝を島ではシッタカと呼びます)。式根島の生き物を紹介しています
