海に囲まれた式根島には、島の暮らしに息づいてきた独特の方言があります。

しかし、観光業の発展やメディアの普及、島外への進学・就職の一般化に伴い、その原型は急速に失われつつあります。現在の親世代は標準語をベースとし、上の世代と話す際のみ方言を交えるなど、状況に応じて使い分けているのが実情です。

本シリーズでは、失われつつある「生きた島言葉」を記録・発信するため、島を代表する2人のネイティブスピーカーによる対談形式のコンテンツをお届けします。

登場人物プロフィール(2026年現在)

最長老バァ(95歳)

式根島マガジンおなじみの存在。島の歴史や暮らし、郷土料理(掲載記事「たたき」「芋餅」など)、方言の生き字引。

食料調達の名人(74歳)
自然界から海の幸・山の幸を得る名人で式根島マガジンに「自然薯」「タケノコ」「初夏の果実」など多数登場。式根島独自の知恵や伝統にも詳しく、島でただ一人、「伝統的な正月飾り」を作ることができる。

おみつ(?歳)

バァの長女でひだぶんの二代目女将。式根島マガジンの運営もしている。連載「女将の式根今昔物語

かつての式根島は、現代よりもはるかに自然の恵みに依存して暮らしていました。
それは単なる生活のための食料確保にとどまりません。手に入れるプロセスは、島民の挑戦心や探求心を刺激する「知的な娯楽」でもあり、季節の巡りや恩恵を五感で楽しむ最高の体験でもありました。

共通の趣味を持つ2人が、尽きることのない「島の暮らし」をネイティブな島言葉で語り合います。

記念すべき第1回テーマ「シッタカフィーバーと、殻から身をきれいに取り出す奥義とは?」

昔の式根島は、今では考えられないほど、貝が豊富な海でした。島民は「磯モン」と呼んで、海で拾った貝をおかずにして重宝していました。今回はこんな話をいたします。

  • シッタカ(貝)の大漁エピソード
  • 途中で千切れずに、身を殻から完璧に引き出す伝統のコツ

それでは、まずは動画をご覧ください。

30年以上前、シッタカが3日間に渡ってたくさん獲れた時のこと

※聞き取りが難しい箇所は、不明瞭のままいったん公開し、確認でき次第、随時更新します。

バァの娘のオミツが合いの手を打ちながら、3人で昔、シッタカがたくさん獲れた忘れられない日のことや、名人の「シッタカの身を貝から出すとっておきの方法」について話をしています。

オミツ

バアちゃん(※名人のお母さん)はさ、オラもなんか浜であすんじゅうとさ、なんか海苔なんかはがしちさ、あの、ぺりぺり剥がゆうからおもしれえから、こどもの頃、剥がしてさ、持っちっち見しゅうと、すごく褒めちきいたよ。だからさ、海苔採りとか好きになっちゃったから。あの、くけぐらい持っちさ『海苔があったよ』ちゅうと『よー、いしゃーうまいな!』っていうから、褒めて伸ばすタイプだよな!

注:名人の家とひだぶん家は大変親密であり、親戚同然の付き合いをしています。今は亡き、名人のお母さまは肉を食べず、山芋や海苔など海や山の恵みを食べるのが大好きで、獲物を見せるとたいそう喜んでくれたものです。

ひだぶんバァ

オイは山芋掘りの名人にされた

名人

ほいで、あれだよ。肝心の学校のことなんか、ひとつも褒められたことないわな

オミツ

シッタカも昔はまあいっぺえあったけがな。なくなっちがな

ひだぶんバァ

シッタカは、お兄ちゃん、そこの、釜ん下(釜の下海岸)からさ、そこにある「しょっかんかご(背負いカゴ)」で3べえ(杯)しょったな、みつよ。

※ひだぶん家は名人のことを「お兄ちゃん」と呼んでいます。

オミツ

うん

ひだぶんバァ

あんときは驚いたな!

オミツ

うん。3日間(続いた)。3日間。そいじ、いちんちは(バァが)一人じ、行っちさあ。そいじ、(バァが)『みつよ、まぁ来いよ』っち言うわけ。そいじ、来いよったっち、だっちさあ、子どもはいるし、学校でぇたり行かいねえよ!っち言った。(それでもバァが)『すごいから来い』 ほいで、ちょいたいば、かごじ、しょっちきたの。そいじ、まぁ(ママ)がだから五十代?そいじびっくりした。そいじ、2日目は行かえなかった。3日目は行ったんだ。そんなにすごいのかなと思って。

ひだぶんバァ

そんなにあったの。

オミツ

そしたら潮がさ、引くときにワラワラワラワラワラワラな、出ぇちくるもんだ!

シッタカの身を殻からうまく出す方法とは?

名人

オラはこれを全部よ、いいた持っちきて、しょ(塩)とお湯で適当に茹ぢゅうと、いーや、100獲って、しょあんべえ(塩塩梅)で茹ぢうと、90ぐらいは引っ込んじゃうんだな。まさか、げんのう(玄翁/金づち)で引っぱたいて食うわけにいかねえじゃん。うっちゃって(打っ遣る/捨てちゃって)。

ひだぶんバァ

うっちゃったの?おらぎは全部民宿で夏につまつ使ったな。

オミツ

引っ込まねえど~?

名人

そいたえば、あの、あらい先生にさ、あの男の先生によ、教えてもらっち。「海の水汲んじくいば、百発百中だ」

オミツ

あ、そいじ茹ぢうの。

名人

そいだから、行く時は必ずアレ持ってくだよ。宝の、宝のペットボトルをよ。でな、そうしゅうと、ほんとに百発百中。

オミツ

しょっからくなんねえかよ?

名人

なんねえて!一番いいしょあんべえ(塩塩梅)だ。

オミツ

へええ

名人

おらじ、下手によ、あのしゅうと、しょっからかったりさ!

オミツ

オラ、水のまんま、しお入えねえじ、茹ぢちゃう。

名人

そうすると、みんな引っ込んじゃうじゃん。

オミツ

引っ込まねえ…

名人

「引っ込んじゃうってばよ。そいじ、昔はうじっきり(いっぱい)あったから、もう身が100のうち90は引っ込んじゃうから。ほいで、その10とえば、また、足りなくなったら獲っちくいば。それほどあっただよ。あとは全部。まさか、いしゃー、シイッコとは違うだから。げんのうで引っぱたいて、外じ、あのしゅーでいいだけんど、オサダ(ギンタカハマ)とは違うし、こんなものは(出ないものは)うっちゃっちゃった。

オサダ(ギンタカハマ)
オミツ

うっちゃった?

ひだぶんバァ

いええ、もったいない!

オミツ

たまに出ねえのもあったけど、お客さん出えちゃった、おら。5つぐらいさ、5つぐらいっつ、出えちゃった。

名人

やーでねえ。ほんと百発百中だぞ。ほいだけど、おかしいのがよ、あいやど(あれだぞ)、なんでわかうだか知らなねえけど、釜下はさ、そこでとるとさ、車まじ持っちくうのと、あとはあの、途中で磯ンニ(小さな磯)があるから、磯をこう渡って、だるま湯渡っち、車まで行くのがてえぎ(大義)だからさ、大浦が一番楽でよ。大浦の水すくってさ、すぐ車があるから、そいじ(それで)やったいばよ、海が違うとよ、10(とお)ぐれえ出ねえことがあるんだよ。

ひだぶんバァ

そうなんだ。

名人

そーよ、そいじ、中の浦のガァも大変だから、石白来て水を汲みに来て、中の浦のシッタカ、石白の水じ茹ぢうとよ、100茹ぢうと10(とお)ぐれえ出ちこねえ。

オミツ

やっぱ、住んじゅうとこの塩分濃度がぴったりなのかなぁ

名人

(シッタカが)なんでわかうだか知らねえど。

オミツ

濃度がちがうのかなぁ

名人

わかんねえ、おら、いろいろやってみたよ。まさか、神引のガァをよ、神引の水汲んじくうわけにはいかねえじゃんかよ。やあだから。やーと思って、そうしたえば、ほいでこっちのわくんところで、また足つきの桟橋からバケツで汲んでさ、そうかいで持ってきたらば、そうしたら10くらい出ねえんだ。

オミツ

研究するね~

名人

ほんとに、びっくりしたど

昔は中の浦から神引に抜けるトンネルがあった

ひだぶんバァ

中の浦のトンネルは、今は通らいねえずら?

名人

通らいねえ。

ひだぶんバァ

今じゃ通らいねえな

名人

途中までは…途中までは行かゆうけどな

オミツ

危ねえよな

その他のお話し

収録はできませんでしたが、そのほかにもいろいろな話題が飛び出しました。

  • 山芋は傾斜で掘ると楽だった。
  • 信仰の関係で肉を食べない人がいたが、亀の肉とササヨ(イスズミ)、イルカなどは食べていた。
  • 亀の肉は緑。
  • ササヨ(イスズミ)は臭くていやだったので、鍋も別にしてもらった。
  • イルカもおいしくないが昔の人は食べるものがなかったから一貫目くらいのを食べていた。
  • 山芋を掘る時は「ハコゲー」というアワビととこぶしの中間くらいの大きさのアワビの殻を使って掘ったものだった。
ハコゲー(あわびの殻)

最後に

いかがでしょうか。「シッタカの貝の身を出すには、そのシッタカが住んでいた海の水で茹でるとよい」というお話でした。小さな式根島ですが、東側の石白や釜の下の海の水と、大浦や中の浦など北側の海の水では塩分濃度が違うのではという推論です。だれか研究しませんか!